まだ、生きるよ。

過食と育児の日々。

愛に餓えた生花

こんばんは。

今日はお布団干しと洗濯しまくり日。それだけなんだけれど、疲れました。

今日しかない!

って頑張ったのに、日曜日の後は晴れらしく萎えた。頑張ってやった分の気力と体力と睡眠時間返して。



そういえば、13日は母の日らしい。
我が実家は、母の日は義務でした。義務だったので、大人になった今はしなくなるという…。(義母には何かしたいけど)何でも強制すれば良いわけではない。
実父がわたしに、

「絶対に赤いカーネーションを買って来い」

でした。わたしが気を利かせて、母の好きな赤いミニバラの鉢植えなんかを買ってきた日には激怒。案の定、返品に行かされましたよ。

こういうのって気持ちなのに、教科書通りなので、ありがたみがますますなくなる。やる気もなくなる。

実父は幼少期に両親が離婚、父方の祖母(わたしの父方の曾祖母)に育てられたそうで。

当時、母親のいる子は赤いカーネーション、何らかの理由で母親のいない子は白いカーネーションを胸に付けたらしい。(差別的だなぁ)

そんなこんなで、母親がいない幼少期を過ごしたことが実父にはコンプレックスなのでしょう。今も赤いカーネーションにこだわり強制し続ける実父。

わたしは、実母の生前に心底ありがとうと思いながら渡してみたかった。

いつからか、わたしが贈りたいのか、贈れなかった実父の願いを叶えるためにわたしが贈るのかわからなくなった。

当時はわたしが贈りたいと思いながらも贈れば、皮肉にも実父の望み通りになることが見えていたので、実母には心底感謝しながら贈れていなかった。

とにかく、赤いカーネーションを買ってきて、それらしくカードを書いて渡すことに集中するしかなかった。

だから、わたしには母の日の記憶はすごくかなしい。色々な意味で。
これからも塗り替えられることはなく、毎年この日が来る度に思い出し、ズシンと心が重くなるのだろ。

心をこめた母の日のプレゼントを実母に一度も渡せないまま逝ってしまった。
一度くらいは素敵な母の日をプレゼントしたかった。

彼から母の日のプレゼントを貰った。
彼は何が大事なのかを理解し、考え、思ってくれる方だから、嬉しい。
油断したらそんなことは忘れ去られてしまうかもしれないから油断大敵だけど。

彼とわたしで紡ぐ家族としての面でも、色んな些細なことをきちんと考えも思いも大事にして生きたい。




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