lunapiena

過食と散財と育児の日々。

実家の掃除

こんばんは。
実家の自室や私物を片付けに行かなければならなくなりました。これは実家を出る前に私がコツコツとやらなかったのがいけなかった。少なくとも20年近くの物がたまっている我が部屋。当時は一刻も早く実家を出ることが優先だったから実家の自室や私物はそのまま。本来ならこんなバタバタしないで済んだはずなのに、毒のせいです。持ち家、しかも今まで自分達が住んでいた戸建てを、誰かに貸したり売ったりする場合、もっと計画的に時間を設けるべきだと思う。いきなり、思いついたように「家を貸す」と言い出し、「貸せるかわからない」「リフォームするから戻ってこい」「全ての情報はあの家にあるから貸せない」などと意味不明に話が行ったり来たりする。意思が揺らぎ、振り回される方は迷惑なのだ。そんなことをされては今すぐに整理する気にもならない。
だが、私はこう考えることにした。どうなろうと実家には戻らない。戻らなくて済むようにするために片付けに戻る。片付かなければ、大事な物まで全て業者に捨てられる。それだけは嫌だから、必要なものはまとめて倉庫に入れてしまえばこっちのもの。今までは心のどこかで、自室が片付いていなければ家を貸せないだろうと思っていた。私はあの汚部屋には子連れで戻れないと確信しているから。汚いままである方が今の私には有利だと思っていた。確かに、現状では実家は生活スペースはなく暮らせない。ましてや幼児を連れてなど不可能。だけど、いざとなれば自分の思い通りにしかしない毒親。私の大事な物達は守れなくなる。守るために戻って整理整頓する。戻ると言っても、その日に彼と一緒に行って掃除をし、整理をして帰ってくるということを数日繰り返すだけのこと。だいじょうぶ、一人じゃない。一人で長時間過ごすわけではないのだから、だいじょうぶ、だいじょうぶ。わかってはいるけれど、過呼吸になり、不眠になる。つらい。

振り回される

こんばんは。
ブログがあるとなんとなく落ち着きます。彼や子どもと言う存在とはまた異なった居場所があるような感覚。

8月、9月と父と連絡を取り合ったり、会わなければならない日数が増え、精神的によろしくない。離れて暮らしても、これでは効果が半減のような気がする。父の前で嘘をつかないでいられたのはいつまでだったろう。3歳ぐらいのときに動物園に行き、うさぎを触りたい私に父が私の後ろから手を取り、うさぎを一緒に触ったとき、すごく緊張していたのを覚えてる。うさぎが怖かったわけじゃなくて、父が怖かった、その時の気持ちを今も鮮明に覚えている。月に一回会うくらいがちょうどいい。孫を見せに行くくらいの数時間だけにしたい。早く、くたばって欲しい、それだけが願いです。

何をしても消えない

こんばんは。
安定してくると色々邪魔が入る。それも人生なんですかね。でも言えることは、実家にいる頃よりはだいぶましになったってこと。昔みたいに求められるブログは書けなくなった。毎日リスカしたり、ODしたり、死にたいしかない日々。書く側と読む側が一致しなくなってきたらそれはきっと辞め時。私がまた始めるってことはもう全て昔に戻るってこと。昔に戻らないように毎日必死。ちょっとしたことで針が振り切る。すぐにスイッチが入って止まらない。毎日毎日息してるだけなのに疲れた。

戻りたくない

こんばんみ。
何でこんなにしにたくなるのかなー。昔にタイムスリップしてます。手軽に気軽にリスカしてODしてたみたいに、同じようにやってしまいたい。でももう戻っちゃいけない。ここで戻ったら全部が無駄になる。此処まで逃げて来たっていう説得にも何もならない。正直、自分で精一杯。子どもがいるのに、絶対に生きてなくちゃって思えない。結局は自分の人生は自分のものだから、私がいてもいなくてもどうにもしてやれない。あー。はぁ。

いつでも待ってる

こんばんは。
またまたやりたくなってきました。リスカ、 OD、首絞め。絶対に戻りたくない。だから我慢する、堪える。駄目そうなら頓服一回分を飲む。今は散財と過食に依存しているから、他はしない。約束を破ったら彼とも子どもともいられない、実家に強制送還。全て水の泡になる。やっとやっと積み上げた今を一瞬で無駄にしていいのか、頑張ってきた自分も彼も周囲も全て裏切って無駄にする。だからやらない。きっと今日こうやって堪えたことが実になるから。手離すのも、壊すのも、崩すのも、一瞬で出来るから、諦めない。

一昨日会ってわかったこと。私は甘えたかったけどきっと甘えられなかったんだろうな、父親にも。いつも何もかもが思いつき、自分の思い通りにコントロールして、わたしのやることを奪っていく。父親は自分の不安や不満を埋めるためだけにそんなことをして、私は私を生きられなかったな、と。あぁ本当に毒。

迎え火

こんばんは。
お盆の迎え火ですね。今日は父と母を迎えに行きます。父に付き合わなければならないことがストレス。でも母のお盆はした方がいいかもしれない。最後の方は私の怠慢でお見舞いにほとんど行っていなかった。行けば良かった。まだ大丈夫、なんて考えていた甘さが尾を引く結果になった。でも、もしとかあの時と今更言っても事実は変わらない。あの時には、あれしか出来なかった。それだけのこと。母よりだんだん彼を優先した。彼に会えない日曜日に、田舎に行くのが嫌だった。僅かな時間もLINEが出来なくなるのが嫌だった。距離が離れて私が物理的に彼から遠くなるのが嫌だった。そんな理由。今思い返せば、行けば良かった。そんな気持ちになるのは今の私には50%。やはり彼と物理的にも距離が生まれることが嫌だから。母が亡くなってすぐに妊娠が発覚。母が怒ったのかご褒美だったのか、どちらにしろ試練。私も望んでいた試練。母はどんな思いで見ているんだろうと思う。母に「ママー、抱っこ」って甘えたのはいつが最後だっただろう。高2ぐらいだったかな。もっと沢山、情も交わせば良かったのか。考え出したらきりがないからこの辺りにしよう。なんにせよ、私には今、子どもがいて生きていかなきゃならない。過去を振り返って立ち止まるにはまだそんな余裕はない。逃げないように常に片隅に起きながら、前を向いて走るしかないと思う。とにかく、あの場所に、父と行くってだけで死にたくなる。嫌じゃないときも疲れる。昔はわりと「パパー」ってそれなにり近づきたくて言ってたはずなんだけどな。気疲れするんだ。会ったらまた何とかやり過ごせるのかな。あー、鬱々しい。

拒食ではないし、リスカもODもやめられている。買いもの、過食、生活に依存してる。見た目、以前より安定している。でも実際は、依存から抜け出せていない、水面下になっただけで前とは差ほど変わっていないのが現実。彼の努力が減ればまた以前と似たようになるのだろう。寛解ってどこにあるんだろう。疲れる。生理前だからかな、腹痛で体調がますます悪い。毎日穏やかに生きたい。

連休なんて嫌い

こんばんは。
子どものお世話に一日中追われて、あとはじぶんのことで精一杯。余裕も何もない。ブログを再開出来るようになったのは余裕なのか、躁転したからなのか、わからない。とにかく、痩せたい。人の妊娠の話を聞いてから過食が止まらなくなって、あとは少しのしあわせでぶくぶく太った。身体は重いし、不調だし、顔はぶくぶくで息苦しい。痩せたい、痩せよう、頑張ろう。

不妊についてもそう。ナイーブな内容だから切り出しにくいけど、逃げてばかりじゃ何も始まらない。とにかく、やれるだけのことはお互いやりたい。それで駄目なら他の手を打つなり、諦めなりすればいい。何もしないで、無理だったねなんて納得が行かない。やりきるっていう性格は残念だけど直らないんだな。

こんばんは。
何年かぶりにPCから更新をしています。今はスマホの普及でPCが出来ない学生がいるとか、LINEの常用で電話に応対出来ない社会人がいるとか。私が子どもが生まれてから、だいぶ生活が変わった。正確には実家を出てから。そして何となく日々の生活に追われる中で、便利な方に時短というものに傾いてしまっている気がした。学生の勉強机にしては広すぎる机に、デスクライト、クッション付きの回る椅子。机の端に両足を上げて乗せて、ヘッドホンをして、PCをいじっていたあの頃。実家を出た今は、椅子に座る生活ではなくなった。自室もない。おまけにPCを開けてゆっくりする時間も取りにくく、わざわざネット回線を引かなければならない。PCの前にゆっくり座ってどっぷり浸るなんて何年ぶりだろう。今の私には正直、こうすることは少し負担。好きなことなのに、やるべきことが先に来てしまっているから。「大親友のPCとの時間をわざわざ取る」という形態にならざるを得ないことがかなしい。でもそうしてでも、どうしてもブログをやらなきゃならないと思った。今、記憶が薄れる前に書き残していかねばと思った。実両親から受けてきたこと、言われたこと、されたこと。思い出せる限り書いていきたい。良いことも悪いことも。
当時よりしあわせを感じられているからこそ、書き留めておきたい。過去は変わらない、変えることも出来ない。書いて終わりにすることなんか出来ない。一生心に残る。それこそ癒えない傷。でも少しでも前進出来そうになるのなら、ぼちぼちでも書き出そう。声をあげられなかったあの頃と今日までの私の声をあげようと思う。もう何も出来ない子どもじゃない。

霧雨が優しかった日

こんばんは。
何ででしょうね、死にたくなります。
しあわせなはずなんだけれどね。
母親という肩書きをもらえているのだから、
そんなこと思ったら罰が当たるかな。

実親のことを考えただけで気持ち悪くなれる。
ある意味すごい技術。
何不自由なく、一人っ子で大事にされて育ててきてもらったはずなのに。
どこで何が狂ってしまったのやら。
どうすることが良いことで、悪いことなのか、
もはやわからなくなる。
人生もバランスなんだと思う。
何かが良すぎても、何かが悪すぎても、上手くはいかないんだろうな。
頭痛と吐き気が酷くて、バファリンを飲もうか、
飲まないで乗り切ろうか悩んでる。
薬を手にしたら止まらない自分を知ってるから、
必要なときにすら手に出来ないつらさ。

貧困は世代間連鎖を生むと言われているけれど、毒親問題だって同じだと思う。
自分のことだけでも手一杯なのに、
子どものことも考えなければならない。全てに余裕がない。
早く楽になりたいな。

休まらない時間

こんばんは。
真夜中だけれど、今日も眠れず。
しあわせなはずなんだから、
死にたいとか思っちゃいけないんだろうな。
そんな縛りに疲れた。
早く通院と投薬を再開したい。
リスカはしなくなった。
ODだってしなくなった。
過食や拒食や散財はまだまだ治らないけど、
前より少しは進歩しているはずなのに、
死にたくなるのは変わらない。
羨ましいあの子も、あの子も、あの子も。
だけどきっとあの子みたいに私がなれたとしても、
死にたいのはつき纏うんだろうな。
切ったときの感覚は身体中が覚えてる。
忘れることは出来ないのかもしれないけれど、
しないようにぼちぼち行くしかない。
世の中は苦しいことだらけだな。
今夜は腕を切りたい衝動と闘いながら過ごします。