まだ、生きるよ。

過食と育児の日々。

温もりが恋しい

こんばんは、ってもう朝だけどね。



昔より幸せになっても相変わらずの不眠に不安定。
いつになったら私の精神は落ち着いてくれるのやら。
きっと親が死ぬまで、いや死んでもつづく気がする。
いっそ宗教にでも染められて楽になりたいわ。
楽だよね、頼って縋って依存するだけって。単純に信じられる人が羨ましいわ。信じるだけ信じて、自分で考えたり思い悩んだりしなくていい世界ってお花畑に近いよね~。
神だの仏だのを信じるようにするマインドコントロールより、お前は馬鹿だ~顔キモい~デブ~死ね~ってマインドコントロールして簡単に自分自身を病ませる能力が凄くて引くわ。





今年もやっと冬らしくなってきたなぁとか思っていたけど、いきなり寒くなりすぎやしませんか!?
もうちょっと緩やかに冬に向かって行って欲しかったよぉ(´・ω・`)
あとは湯たんぽ、新調したよ!
呼吸する湯たんぽだって。とりあえず、使ってみる。





もうだいぶ経つんだけど、母親が亡くなった感じが本当にしない。
時々それは離人している感覚と似ているように感じる。
死に目に会わない、という形はある意味で良かったのかもしれない。



母親が病気だと診断されたとき、もう長くはないと告知されたとき、私は泣かなかった。かなしくもなかった。
正しくは、泣けなかったし、かなしみに浸るようにしなかった。
自分がどう感じて何を思うか、それはすべて後回しにして蓋をした。
何も考えてはいけない、感じてはいけない、とにかくこなす、ただそれだけ。
原因がわかった安堵感とこれから待ち受ける闘病生活に付き合うことに負けないって気持ち。
それと一番大事な、あきらめの気持ち。
考えないでほぼ全てを仕方ないで終わらせる。今までそう出来てきた私にはわりと簡単だったよ。
父親も母親もそれが一番苦手なようだったけど。



ひどくママっ子だった私には、ママがいなくなる、と言うことが理解出来ているけど実感が湧かない。それは未だに。
声なんて忘れてしまったのに、いきなり隣から注意されたり怒られたりしてきそうな気がいつもする。
たまに、やっぱりいないことを実感してお風呂に入りながら泣く。
発覚当時は、いつかいなくなる日のことを思って、今までとは家族全員の日々が変わってしまったことを考えて、どうしたらいいんだろうってシャワー出しながら泣いてたりもあった。



ママがいなくて、かなしい、さみしい、面倒臭い、助けてよ、買ってよ、欲しいやりたくない、やってよ、抱っこして、一緒に買い物行こうよ、寝ようよ、食べようよ、練習聴いててよ、そんなことをじわじわと懲りもせず思っているわがまま娘なので母親に日々常々まるで同居しているようにそばで見てくれている気もしたりする。



今住んでいる家にはどうも女性らしき人がいるみたいで、子どものことも頼りない私を知ってか、一緒に見守っていてくれている。幽霊さんなのかもしれないけど、いつも気にかけてくれてありがとうとは言いたい。

地獄の入り口からこんにちは

こんばんは。



これまでの記事は全て非公開にした。
私は、わたしからも毒親からも抜け出せる!
なんて思っていたし、今でも思っているけれど
そうそう簡単なことではないと思い知った。
都合よく毒だけ抜きたいなんて無理な話なのかもしれない。
結局のところ、カショったり拒食になったり、生活が成り立たなくなるくらい散財したり、リスカやODしたり、セックスをせがんだり変わらない。
正直、育児や子どもの進路の話どころじゃない。
とっ散らかっちゃってる。
勝手なこととはわかっているけど、母親辞めたい。





此処のブログを始めたとき、私は少し背伸びをした。
少しの意地もあったのかもしれないけど、自分に課したハードルが高すぎて疎遠になっちゃった。
等身大でいたいね、ブログでは。
ずーっと人の温もりを感じていたいんだよ。
腕の中で頭を撫でてもらいながら一日中過ごしたい。
どこで人生拗らせたんだろう…

me

こんばんは。

そう言えば、自己紹介してなかった。
一応、ざっくり書こうかな。



20代後半にさしかかる専業主婦、一児の母。
双極性障害摂食障害、手帳2級。

毎日じぶんに翻弄されてます。
愛しい主人と子どもと生きてる。
あともうちょっとだけ、人生がんばる。




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